歯科医院の経営を考える

売上1億円を超えたら、医療法人にするべきか。

税率だけでは決められない、医院のお金と院長の暮らしの話。

制度・資料の確認:2026年11月8日

「売上が1億円を超えたら、そろそろ医療法人では」。そんな話を聞くと、個人のままでは損をしている気になります。ただ、年商1億円は、法人化が義務になる線でも、税率が一斉に変わる線でもありません。

では、なぜこの目安がよく使われるのでしょうか。所得が増えると法人化を比べる意味が出てくるのは確かです。ただし、売上、利益、院長が生活に使えるお金は違います。この違いをほどくと、「うちも法人にするべきか」という問いが、もう少し具体的になります。まず、売上から何を引くのか。次に、誰にどんな税金や保険料がかかるのか。そこから順に見ていきます。

法人化を考える前に

  • 売上から経費を引く。スタッフの給与や材料費、技工料、家賃などを引いた先に、利益や所得があります。売上がそのまま院長に残るわけではありません。
  • 所得と手元の現金を分ける。税金・保険料、借入の元金返済、設備への支払いを確かめて、生活と医院に使える額を見ます。
  • 法人化したら、法人と院長の両方を見る。法人の利益にかかる税と、院長の役員報酬にかかる税・保険料は別に計算します。

01

売上・利益・所得は、何が違う?

まずは、医院のお金の流れを見てみましょう。

売上から、何が引かれる?
売上診療収入
経費費用
利益残る額

経費の例スタッフ給与/材料費・技工料/家賃/減価償却費など

所得

利益を税法のルールで調整した、税金計算のための数字

課税所得

所得から所得控除を引いた、税率を当てる数字

この数字から税金の計算へ

売上を主な収入とした簡略図。個人の青色申告特別控除など、会計と税務で計算が異なります。[17][19]

所得と、口座に残る現金は別。

借入元金の返済は経費になりません。[36]

具体的な金額・所得控除・現金との違いを見る
売上のすべてが、院長の所得になるわけではない

架空の個人医院の例です。経費の額は業界平均ではなく、説明用に置いた数字です。

架空の個人医院で、売上10000万円から必要経費7000万円を引くと、青色申告特別控除前の所得が3000万円になる流れを示した図

売上1億円 − 経費7,000万円 = 所得3,000万円青色申告特別控除前。このあと、控除と税・保険料を確認します。

売上に入るもの

  • 保険診療:保険者への請求分+患者さんの窓口負担
  • 自費診療:自費診療の収益

売上として計上する時期と、実際に入金される時期は一致しないことがあります。

差し引く主な必要経費

  • 人件費:スタッフ給与、医院が負担する保険料
  • 材料費・技工料
  • 家賃・水道光熱費
  • 減価償却費・借入利息など

税の計算所得税が決まるルート(個人医院)

  1. 総収入 − 必要経費(図では1億円 − 7,000万円)=青色申告特別控除前の所得 [17]
  2. 青色申告特別控除要件を満たす場合に差し引きます。差引後が事業所得です。 [19]
  3. 合算・調整と所得控除他の所得との合算・調整のあと、基礎控除・社会保険料控除・小規模企業共済等掛金控除などを差し引く(各要件あり) [33][34]
  4. 課税所得ここに税率を適用する
  5. 所得税税率の適用と、税額控除などで確定する

住民税は所得税と控除や計算が同一ではありません。この図は、実額の経費で計算する個人医院の簡略例です。税務調整等は省略しています。

現金の動きお金が残るルートは別に見る

  • 利益と現金は別:利益が出ていても、手元の現金が同じだけ増えるとは限りません。
  • 借入の元金返済:経費になりませんが、返済する分の現金は出ていきます。
  • 減価償却費:経費になるが、設備代などを使用期間に応じて費用にするため、その年の支払額とは一致しません。
  • 院長個人の所得税・住民税:必要経費ではない。
  • 院長自身の給与や生活費:経費にならない。
  • 院長本人の国保・国民年金:医院の必要経費ではなく、本人の社会保険料控除の対象(要件あり) [34]。

所得控除を100万円使っても、100万円が戻るわけではありません。税率を当てる対象が100万円減る仕組みです。

必要経費、本人の税・保険料の扱い:[17][34][36]。借入の元金と利息の扱いは異なります。

「利益」と「所得」は、どこが違う?

利益は、売上などの収益から費用を引いた会計上の数字です。所得は、税法のルールで求める数字。個人医院の事業所得は、総収入から必要経費を引くのが基本で、青色申告特別控除があればさらに差し引きます。会計と税務で扱いが異なる項目もあるため、利益と所得が必ず同じになるわけではありません。[17][19]

事業所得などを合算・調整し、基礎控除や社会保険料控除などを引いたものが、課税所得=税率を当てる土台です。所得控除は支払う費用の名前ではなく、税を計算する際に一定額を差し引く仕組みです。[33][34]

個人医院では、院長自身の給与は経費にならない

スタッフに払う給与は経費ですが、個人開業の院長が自分に渡す「給与」は経費になりません。生活費として引き出した分も同じです。事業所得には、院長自身の働きに対する報酬相当分が含まれます。法人の利益と比べるときは、ここをそろえる必要があります。[12][17]

02

税金と保険料は、何が違う?

個人医院と医療法人では、税金を払う側が変わります。

税金と保険料は、誰が払う?
個人医院
院長の所得
所得税住民税
医療法人
法人の所得法人税など
院長の役員報酬所得税住民税

所得控除等を反映して税額を計算。役員報酬は給与所得控除後の所得を基に計算します。[3][33]

所得税
院長個人の所得にかかる、国の税金 [1]
住民税
原則、前年の所得を基にかかる地方の税金 [37]
法人税
法人の所得にかかる、国の税金 [35]

保険料医療と年金

国保・健康保険
医療のため
国民年金・厚生年金
老後などのため

「社保」は一般に勤務先の健康保険・厚生年金などを指します。国保は医療保険、国民年金とは別です。

法人化後も、条件を満たせば歯科医師国保を続けられる場合があります。[9]

個人・法人それぞれの税と社会保険を詳しく見る
税金と保険料は、誰が払うのかで整理する

最初に見るのは「誰が払うか」です。そのうえで、税金か保険料かを見分けます。

負担する側個人開業の院長

事業所得などを合算・調整
所得控除などを差し引く
課税所得
所得税(住民税は別計算)
税金
所得税

その年の課税所得に、段階的な税率がかかります。復興特別所得税は別にかかります。 [1]

税金
住民税

原則として前年の所得が基準です。控除などは所得税と同じではありません。 [37]

保険料
健康保険料

市町村の国保、歯科医師国保など、加入する制度で算定方法が違います。所得税と同じ「課税所得」に、そのまま保険料率を掛ける計算ではありません。 [9]

保険料
年金保険料

現役世代の個人開業の院長本人は、国民年金が基本です。[22]

負担する側医療法人

医院の売上から、通常の経費・院長の役員報酬・法人負担の保険料等を引く
会計利益
税務調整後の所得
法人税等を計算 → 税引後の利益 [35]
税金
法人税等

法人税、法人住民税、法人事業税などをまとめた呼び方です。法人事業税では社会保険診療分の所得が対象から除かれるなど、税ごとに計算が異なります。[38]法人住民税は、赤字でも原則として均等割がかかります。 [16]

保険料
法人・役員の社会保険

健康保険・厚生年金は、本人と事業所の両方が負担します。 [8]

院長個人の側(役員報酬を受け取る)
役員報酬(給与収入)− 給与所得控除 = 給与所得
所得控除等を差し引く
課税所得
所得税(住民税は別計算)

給与からは本人負担の健康保険・厚生年金なども差し引かれます。法人が負担する保険料とは別です。

役員報酬の損金算入には、定期同額給与などの要件があります。[4]法人税を払うのは法人、所得税を払うのは院長個人です。納税者が違うため、「法人の利益=院長の所得」と一つの式で結べません。

保険料:医療と年金を分けて見る

医療

個人開業の院長本人:国民健康保険(市町村国保、歯科医師国保など)
法人の院長(役員):健康保険

老後など

個人開業の院長本人:国民年金
法人の院長(役員):厚生年金

「社保」は社会保険の略。日常的には勤務先の健康保険・厚生年金を指すことが多いですが、広い意味では国保も社会保険の一つです。ここでは現役世代の院長本人の基本形を示しています。年齢等により異なります。また、歯科医師国保を継続できる健康保険適用除外などの例外があり、一律に切り替わるとは限りません。 [9]

個人医院でも、従業員は健康保険・厚生年金の強制適用になる場合があります。院長本人とスタッフは分けて考えます。比べるときは、本人の負担と事業所の負担の両方を足して見ます。 [8]

国保は、自治体によって「国民健康保険税」として徴収される場合もあります。医療保障のための負担として、この図では税額比較と分けています。[39]消費税・個人事業税なども診療内容や条件によって確認が必要です。

03

それでも「1億円」と言われる理由

年商1億円は、法人化を考え始める目安として語られる数字です。メディリンクスは、その数字で結論を決めず、院長の所得と医院に残す資金の比較を始めるきっかけと考えています。

目安として使われる背景

医院の規模が大きくなるほど、院長の事業所得も大きくなりやすい、という見方があります。個人では、使わず医院に残す分も含めて院長の所得として課税されます。所得税は累進課税で、所得が増えるほど、増えた部分にかかる税率が高くなります。所得税の税率は5〜45%の7段階で、課税所得に応じた段階税率です。復興特別所得税や住民税などは別に考えます。[1]

法人では、院長が受け取る役員報酬と、法人に残す利益を分けて考えられます。院長に必要な報酬を払い、設備更新や採用の資金を法人に残す。その組合せで、税・保険・維持費の合計が個人の場合とどう違うかを比べる意味が出てきます。1億円という数字に、税務上の特別な効き目があるわけではありません。

反対に、売上が伸びても人件費や技工料、家賃の負担が大きければ、比較の結果は変わります。院長が必要な生活費として利益の大半を受け取るなら、法人に多く残せる場合とも違います。「年商がいくらか」より、「院長にいくら渡し、医院にいくら残す必要があるか」のほうが、判断に近い問いです。

税率33%でも、所得全部の33%ではない

累進課税のイメージをつかむために、国税庁の速算表の一区分で計算してみます。課税所得が900万〜1,799.9万円の区分は、税率33%、控除額153.6万円です。課税所得が1,000万円なら、基準所得税額は1,000万円×33%−153.6万円=176.4万円になります。[1]

これは売上や事業利益が1,000万円のときの税額ではなく、1,000万円×33%=330万円でもありません。控除額を引くのは、低い段階の所得に低い税率が適用される分を調整するためです。

この例には、復興特別所得税・住民税・社会保険料を含めていません。税額控除も考えていない速算例で、法人化した場合の税額との差を示すものでもありません。段階ごとに税率が変わる仕組みを知るための例として読んでください。

架空の計算例所得税の速算の流れ
  1. 課税所得

    1,000万円

    医院の利益・売上ではありません
  2. 税率

    33%

  3. 速算控除額

    153.6万円

  4. 所得税額

    176.4万円

    所得税のみ

1,000万円×33%−153.6万円=176.4万円

復興特別所得税・住民税・保険料は含みません。

「資本金1億円以下」との混同

法人税の説明に出てくる「資本金1億円以下」という区分は、売上の話ではありません。医療法人の形態や適用条件も含めて税理士が確認するもので、年商1億円の目安の根拠として読むと混乱します。[2]

04

課税所得を目安に比べ、手間も含めて決める

各種の所得控除を反映した後の、所得税の課税所得が年1,800万円以上なら、法人化の比較試算を具体的に進める一つの目安になります。この区分から、所得が増えた部分に適用される所得税率が40%になるためです。所得全体に一律40%がかかるわけではなく、法人化がお得になる境界でもありません。[1]

ここで見るのは、単なる売上や医院の利益ではありません。必要経費を差し引いた事業所得等から、社会保険料控除、小規模企業共済等掛金控除などを反映した所得税の課税所得です。青色申告特別控除も適用条件に従って事業所得の計算に反映します。課税所得は他の所得や家族構成によっても変わります。[17][19][27][33]

法人化をおすすめするのは、個人で使える制度も入れ、法人と院長の税・保険料、設立費と維持費、増える手間まで比べても効果が見込める場合です。必要な個人の手取りと医院資金を確保できるか、退職金や承継まで含めて判断します。分院などの計画があれば、所得額とは別に検討します。

所得の継続と、これから続ける年数を分ける

単院で節税を主目的にする場合、本稿では今後10年以上、院長自身が医院の診療・経営を続ける見通しがあるかを、一つの検討目安にします。10年は法的要件や業界共通の基準ではなく、長期で費用と効果を比べるための当社の目安です。10年あれば必ず得になるわけではありません。

所得の安定性は、直近2〜3期の課税所得の推移と一時的な増減で確認します。確認する資料の範囲であって、2〜3期続けば法人化できるという条件ではありません。今後も同額の所得が続くと決めず、採用、設備更新、診療日数を減らす場合も試算します。

院長自身が退任するまでの年数と、承継後も法人として医院を続ける年数は別です。後継者に引き継ぐ計画なら、短期間で院長が退任する場合でも、その後の運営まで含めて検討します。

単院・節税を主目的に考える場合:院長自身の退任までの見通し
見通し判断の目安
5年以内に退任予定新しく法人化するかは慎重に。設立・維持の負担を回収できるか、退職金、閉院か承継かを一緒に試算する。
5年超〜10年未満期間だけでは決めない。設立費の回収と、退任・承継時の結果次第で、個人継続と比較する。
10年以上続ける見通し長期比較を進める候補。所得が下がる場合も含め、税・保険・維持費と手間に見合うかを確かめる。

何年で設立費を回収できるか

設立の一時費用に、毎年の追加費用を重ねて比べます。単純回収年数は、設立等の一時費用÷(年間の税・社会保険料の負担軽減額−年間の追加維持費)です。負担軽減額は、個人継続と比べた額を使います。すでに維持費を差し引いた金額から、もう一度同じ費用を引かないようにします。

以下は相場ではなく、考え方を示す仮の数字です。事務の時間、退任時の課税、解散・承継費用、利息や現在価値は省いているため、最終的な損得の判定ではありません。

架空の計算例設立等の一時費を何年で取り戻すか

毎年の差額を出す

  1. 毎年税・保険の軽減

    50万円/年

    個人継続との差。追加維持費を除く
  2. 毎年年の追加維持費

    30万円/年

  3. 毎年年の純効果

    20万円/年

50万円/年−30万円/年=20万円/年

設立時の費用を、毎年の差額で割る

  1. 一度だけ設立等の一時費

    100万円

  2. 毎年年の純効果

    20万円/年

  3. 単純回収年数

    5年

100万円÷20万円/年=5年

純効果が10万円/年なら、100万円÷10万円/年=10年。純効果が0円以下なら、有限年数では回収できません。

数値はすべて仮定で、相場ではありません。事務時間・退任時課税・承継解散費用・利息・現在価値は省いた計算例で、最終的な損得の判定ではありません。

税法の「役員等勤続5年以下」とは分ける

上の5年・10年は運営計画を整理する区分です。一方、役員等勤続年数5年以下に対応する特定役員退職手当等には、退職所得の1/2計算がありません。こちらは税務上の年数で、端数の扱い等を確認します。法人の営業年数や、今後の予定年数と同じには扱えません。[31]

役員等勤続年数が5年を超えれば、いくらの退職金でも認められるわけではありません。実際の退任、適正額、必要な決議、支給時期の条件は別に確認します。[4][5]

税の差が出ても、増える仕事は残る

個人事業でも行っている決算・申告や給与事務に加え、法人の報告・決議・書類管理が必要になります。法人化は、設立の手続が終われば完了するものではありません。[11][26]

税理士などに依頼しても、院長や担当者には資料をそろえ、内容を確認し、判断する時間が残ります。外注費だけを維持費に入れて、この手間をゼロと扱わないことが大切です。

法人化で追加・複雑化する主な仕事
場面増える確認・管理の例
毎年の報告事業報告書等、経営情報等の報告。決算資料から提出用の情報をそろえ、内容と期限を確認する。[26]
決議・変更手続必要な機関決議と議事録の管理。役員等の変更に応じた届出・必要な登記を確認する。[11][14]
お金と報酬法人と個人の資金を分けて管理する。生活費に合わせて月例報酬を自由に増減できるわけではなく、改定時期と税務要件を確認する。[4]

課税所得が高くても、個人継続を比べたい場合

所得が単年だけ増えた、引退が近い、生活費に利益の大半が必要、法人の管理を担う人がいない。こうした場合は、課税所得が高くても個人事業のまま続ける案を並べて比較します。

同じ利益予測で、設立費と毎年の追加費用を引き、そのうえで院長・担当者の時間に見合う効果が残るかを確かめます。手間を金額に直す場合も、根拠のない一律額で法人化の有利・不利を決めません。

05

個人で使える共済・所得控除も入れて比較する

個人のままでも使える制度を入れずに比較すると、法人化の効果が実際より大きく見えることがあります。まず個人継続で利用できる制度を確認し、そのうえで法人化と比べます。

下の手取り比較は、共済を使わない基準例です。共済の掛金・控除を入れた後の結果ではありません。加入している方や利用を考えている方は、その条件で試算し直します。

税が減っても、その年に使える現金とは別

共済掛金は現金で出ていきます。積立と、その年に自由に使える資金を分け、解約・受取時の課税まで含めて比べます。経営セーフティ共済は積立総額に上限があるため、上限到達後も毎年同じ額の掛金を必要経費にできる前提は置きません。[30]

共済は、経費・所得控除・受取時の課税を分ける
制度比較に入れること
小規模企業共済要件を満たす方の掛金は全額所得控除で、医院の必要経費ではありません。加入資格は従業員数等で確認します。医療法人の役員という立場は加入資格の対象外です。個人医院の廃止・法人化時に、同じ条件で契約を続けられる前提を置かず、契約の取扱いと受取時の課税も確認します。[27][28]
経営セーフティ共済要件を満たす個人の掛金は事業所得の必要経費に算入できますが、医療法人は加入対象外です。解約手当金は事業所得の収入。令和6年10月1日以降の解約・再加入では、解約から2年を経過する日までの掛金は必要経費に算入できません。加入禁止期間という意味ではありません。[29][30]

06

院長個人の手取りは、個人事業と医療法人でどう変わるか

売上1億円、院長自身への報酬と保険料を引く前の医院利益が3,000万円。同じ医院で、個人事業を続けた場合と、医療法人で報酬を受け取る場合を比べます。税と本人の保険料を差し引くと、院長個人にいくら残るのか。 実績や推奨額ではなく、仕組みを確かめるための架空の試算です。 共済を利用しない基準例であり、個人で使える制度を反映した最終判断ではありません。

医院利益3,000万円で比較院長自身への報酬・保険料を差し引く前/架空の試算・共済未利用

院長個人の年間手取り
年間の個人手取りの概算。個人事業は約1,760万円。法人で役員報酬月150万円なら約1,215万円、月200万円なら約1,537万円、月240万円なら約1,743万円。棒はゼロ起点。

法人の「月150万・200万・240万」は、手取りではなく役員報酬の月額です。

所得税・復興特別所得税、住民税等、本人負担の保険料を差し引いた年額の概算。法人に残る資金は、この棒に含めていません。月平均と計算の内訳は下にまとめています。

共済未使用の試算条件・税と保険料の内訳を見る

どんな院長・医院を想定したか

福岡市在住の35歳の院長。配偶者・扶養親族・他の所得はなく、年間売上1億円はすべて社会保険診療。医院利益3,000万円は、院長自身への報酬と本人・法人負担の保険料を引く前の額です。職員の給与・事業主負担保険料など、両者に共通する通常の費用は控除済みです。個人事業では青色申告特別控除65万円の要件を満たす想定です。[19]

法人では毎月同額の役員報酬を1年間支給し、賞与はありません。各報酬額の妥当性・必要決議などは満たす仮定で、推奨額を示すものではありません。給与所得控除は195万円。個人・法人とも歯科医師国保を本人が負担し、法人は健康保険適用除外の承認を受け、継続加入できる想定です。法人化すれば誰でも歯科医師国保を継続できる、という意味ではありません。[3][9]

保険料はこう置いた

福岡県歯科医師国保の開設管理者本人の月額は、医療保険料30,000円+前期高齢者納付金分1,500円+後期高齢者支援金5,100円+子ども・子育て支援納付金600円=37,200円。35歳なので介護納付金はありません。年額446,400円です。[20]

個人事業の国民年金は月17,920円×12=215,040円。法人の厚生年金は標準報酬月額上限65万円×9.15%×12=本人負担713,700円。したがって本人の保険料は個人661,440円、法人1,160,100円。厚生年金への加入により、将来の年金給付も変わります。[21][22]

税額と手取りの計算

個人は利益から青色申告特別控除、法人の院長は報酬から給与所得控除を差し引き、その所得から本人の保険料・基礎控除を差し引きます。課税所得は1,000円未満切捨て。所得税は累進税率と速算控除を適用し、復興特別所得税2.1%を加算しています。[1][3][18][19]

法人の報酬年1,800万・2,400万円のケースは所得税の基礎控除62万円、住民税の基礎控除43万円を適用。それ以外の2ケースは合計所得2,500万円超のため、いずれの基礎控除も0円です。住民税は福岡市8%・福岡県2%に均等割と森林環境税計5,500円を加え、合計所得2,500万円以下の2ケースは調整控除2,500円を差し引きます。[18][23][24]

手取り=利益または額面報酬−本人の保険料−所得税・復興特別所得税−住民税・森林環境税。その他の所得控除・税額控除や家族への給与は置いていません。

個人事業

利益/額面報酬
30,000,000円
青色申告/給与所得控除
650,000円
本人の保険料
661,440円
所得税の基礎控除
0円
所得税の課税所得
28,688,000円
所得税・復興特別所得税
約8,861,463円
住民税の基礎控除
0円
住民税の課税所得
28,688,000円
住民税・森林環境税
約2,874,300円
個人手取り
約17,602,797円
月平均(年額÷12)
約146.7万円

法人・報酬月150万円

利益/額面報酬
18,000,000円
青色申告/給与所得控除
1,950,000円
本人の保険料
1,160,100円
所得税の基礎控除
620,000円
所得税の課税所得
14,269,000円
所得税・復興特別所得税
約3,239,398円
住民税の基礎控除
430,000円
住民税の課税所得
14,459,000円
住民税・森林環境税
約1,448,900円
個人手取り
約12,151,602円
月平均(年額÷12)
約101.3万円

法人・報酬月200万円

利益/額面報酬
24,000,000円
青色申告/給与所得控除
1,950,000円
本人の保険料
1,160,100円
所得税の基礎控除
620,000円
所得税の課税所得
20,269,000円
所得税・復興特別所得税
約5,423,144円
住民税の基礎控除
430,000円
住民税の課税所得
20,459,000円
住民税・森林環境税
約2,048,900円
個人手取り
約15,367,856円
月平均(年額÷12)
約128.1万円

法人・報酬月240万円

利益/額面報酬
28,800,000円
青色申告/給与所得控除
1,950,000円
本人の保険料
1,160,100円
所得税の基礎控除
0円
所得税の課税所得
25,689,000円
所得税・復興特別所得税
約7,636,672円
住民税の基礎控除
0円
住民税の課税所得
25,689,000円
住民税・森林環境税
約2,574,400円
個人手取り
約17,428,828円
月平均(年額÷12)
約145.2万円

この比較に含めていないもの

法人税、法人負担の保険料、法人化による追加維持費は、この個人手取りからは差し引いていません。法人が別途負担します。報酬を払った残額を、そのまま法人の税引後留保や自由に使える資金とは扱えません。法人全体の税負担・資金繰りも含めた有利不利の判定は、別の試算が必要です。

借入元金の返済、追加の設備投資、減価償却と支払いの差、設立時の費用も省略。個人事業の「手取り」も、これらの支出に先立つ比較用の金額であり、医院口座の実際の現金残高や全額生活費に回せる金額を示していません。

2026年11月時点の制度をもとにした年額換算です。所得税は令和8年分の改正後基礎控除(12月1日施行)、保険料は令和8年度月額×12を適用。住民税は同じ所得に対応する翌年度分を見込む比較で、初年度の実際の納付時期とは異なります。税額の最終的な100円未満の端数処理は省略し、表示は丸めています。

法人化だけで、個人の手取りが増えるわけではない

この例では、個人事業の手取りは年約1,760万円。法人で報酬を月200万円にすると、手取りは年約1,537万円です。報酬を月240万円まで増やしても年約1,743万円となり、個人事業を下回ります。青色申告特別控除と給与所得控除、所得に応じた基礎控除、年金の本人負担が異なるためです。

報酬を低くすれば個人の税負担は軽くなりますが、個人が受け取る額も減ります。報酬以外のお金は法人側に残り、そこから法人負担の保険料・維持費・法人税等を支払います。法人に残る資金を、院長個人の手取りには足せません。 この比較だけで法人化全体の有利・不利を決めることはできません。

院長の生活費を確保したうえで、医院の設備更新や採用にどれだけ残すか。役員報酬を高くするか低くするかを決める前に、その両方を考える必要があります。厚生年金による将来の給付の違いも、当年の手取りとは別の判断材料です。

07

個人と法人で、お金の通り道はどう変わるか

図2お金の通り道は、個人では一本、法人では二本

個人診療所

  1. 収入 − 経費院長への給与は経費にならない
  2. 事業所得に課税院長に所得税・住民税など
  3. 事業と生活に配分元金返済・投資・生活費

医療法人

  1. 院長報酬を引く前の利益ここから報酬と法人利益を分ける

院長報酬

  1. 院長側で課税・保険報酬の損金算入には要件あり
  2. 院長の生活へ

法人利益

  1. 法人側で課税
  2. 法人に残す利益投資・元金返済等で現金額は変わる
  • 税は出金額だけで決まらない。口座から何円出したかではなく、所得・利益に課税される。
  • 法人の現金は院長個人の財布ではない。使い道は報酬など正規の手順で。
  • 利益と現金はずれる。元金返済・入金時期・投資で、黒字でも現金は減る。

個人と法人の違いは、税率の差よりもお金の通り道の違いです。個人では医院の利益がそのまま院長の所得になり、法人では役員報酬と法人の利益に分かれます。

個人診療所の場合

基本的に、収入から必要経費を引いた事業所得が院長個人の所得になります。口座から引き出した金額に課税されるのではなく、医院に置いたままでも所得として計算されます。所得税は段階ごとの税率で計算するため、最高税率が所得のすべてにかかるわけでもありません。[1]

医療法人の場合

院長の役員報酬と法人の利益を、別々に見ます。報酬には院長個人の所得税・住民税などがかかり、法人の利益には法人税・地方税などがかかります。報酬は給与所得となり給与所得控除の対象になりますが、給与を経費にできることと、院長側の税がなくなることは別です。[3]

比較するのは法人税だけではなく、院長個人と法人の税、社会保険料、法人を維持する費用の合計です。一般の社団医療法人と、別の要件を満たす特定医療法人・社会医療法人の税制も混同できません。[2]

役員報酬は、期の途中で自由に変えられない

医療法人の月例の役員報酬は、原則として毎月同額とし、通常の改定は原則として事業年度の開始から3か月以内に行います。 この「定期同額給与」などの要件を満たすことが、法人税の損金算入の条件です。不相当に高額な部分は、要件を満たしても損金になりません。[4]

ここで押さえたいのは、会計上の費用と、法人税の損金は別のものだということです。費用として帳簿に計上していても、税務上の要件を満たさなければ、法人税の申告でその部分を加算して課税所得を計算します。これが損金不算入です。損金不算入になっても、院長が受け取った給与にかかる個人の所得税・住民税が消えるわけではありません。

期中の変更が法律で一律に禁止されているわけではありません。変更後も税務上の要件を満たすかが問題です。4月開始の法人なら、通常の改定は原則6月末までです(例外あり)。定款または社員総会等の必要な決議も、別途確認します。[4][6]

増額した場合

通常の改定時期を過ぎてから、例外となる事由なく増額すると、超過部分が損金不算入になることがあります。国税庁のQ&Aには、3月決算の法人で、通常改定後の月60万円を9月から翌3月まで月70万円に増やした例があります。増額した10万円×7か月=70万円が損金不算入となり、残る月60万円の部分は定期同額給与として扱われます[25]。

給与全額が一律に損金不算入になるわけではありません。ただし、売上が好調だから期末に報酬を増やす、という理由だけでは、通常は例外事由に当たりません。

減額した場合

減額も、常に問題がないわけではありません。例外となる事由がない減額では、減額前に支給した給与のうち、減額後の額を上回る部分が損金不算入になる場合があります。[25]

通常の改定時期以外でも認められる例外には、役職や職務内容の重大な変更など、やむを得ない事情による「臨時改定」があります。また、経営状況の著しい悪化などによる「業績悪化改定」は、減額に限られます。単なる資金繰りの都合や目標未達だけでは、この業績悪化改定事由には当たりません。[4]

ほかに注意すること

要件を満たしていても、不相当に高額な部分は損金不算入になります。賞与は事前確定届出給与など別の要件があり、月例報酬と同じ扱いはできません[4]。

翌期の報酬を決める前に、院長の生活に必要な手取りと、法人の返済・投資・納税を合わせて検討してください。個別の支給履歴、改定の理由、決議資料に照らした判断は、税理士などの専門家にご確認ください。

法人の現金は、院長の財布ではない

法人の口座に現金があっても、院長が自由に生活費へ移せるわけではありません。報酬などの手続と税務処理が必要です。一方、法人の利益も現金残高そのものではありません。元金返済、入金の時期、設備投資を反映した資金表を、損益の試算とは別に確認します。

個人診療所と医療法人で、見る場所が変わる点
見る点個人診療所医療法人
院長の報酬自分への給与は経費にならず、働きの対価も事業所得に含まれる役員報酬を設定。法人側の損金要件と院長側の税・保険を確認
事業に残す利益使わず医院に置く分も、原則として院長の所得計算に含まれる法人の利益として課税。使途は法人の業務に沿って管理
生活に使うお金生活費は経費と分ける。所得と引出額は一致しない配当は禁止。報酬・適正な退職金など、受取方法ごとの手続と課税を確認
毎年の手続個人の確定申告など法人の申告・届出と事業報告などが加わる。院長個人も状況により申告が必要

08

同じ利益でも、時期によって答えが変わる

同じ利益が出ていても、法人化の判断は一つに決まりません。院長の暮らしと、医院の3〜5年の予定を重ねて見ると、必要な報酬と残したい資金が見えてきます。

暮らしと医院の予定を重ねる

ここでは特定の医院の例ではなく、一般的に起こりうる場面を3つ挙げます。1つ目は、教育費や住宅費などで生活費が多く必要な時期です。利益の多くを報酬として受け取る必要があり、法人に残せる額は小さくなります。この場合、法人に資金を残す利点は限られるかもしれません。

2つ目は、設備更新や採用に備えて医院に残したい時期です。院長の生活費を確保したうえで、法人に留保する額の大きさが比較の中心になります。ただし、留保できる範囲や使い道には制約があるため、後の節で触れます。

3つ目は、引退が近い時期です。この場合は、数年先の退職金、承継、閉院の見通しが判断を左右します。法人にする手間と維持費に見合うかを、慎重に比べる必要があります。

自宅ローンと医院の返済は、別の財布

自宅ローンは院長の生活支出、医院の借入元金の返済は事業の支出です。どちらも現金は出ていきますが、事業所得を計算する「必要経費」とは別の話です。医院の元金返済は経費にならないのに、現金は確実に減ります。

そのため、損益上の利益が同じでも、元金返済が重い年や、設備を買った年、診療報酬の入金時期がずれた年は、手元の現金が薄くなります。「利益が出ている」ことと「院長に渡せる、あるいは医院に残せる現金がある」ことは、別々に確かめます。

たとえば、年間の借入元金返済が600万円あり、数年後に返済を終える医院を考えます。これは架空の例ですが、元金部分の支出がなくなれば、その分の資金負担は軽くなります。利益が600万円増える話ではありません。いまの利益だけでなく、返済がいつ軽くなるかと、その頃に設備更新が必要かを重ねると、法人化後に残せる資金の見通しも変わります。

09

法人化のメリット・デメリット

法人化で検討できることと、増える負担・制約を並べます。税の軽減だけでなく、院長の暮らし、医院の展開、管理の手間を含めて選びます。

報酬・分院・組織・資金の4つで比較
見る点メリット負担・制約
報酬・留保の設計受け取り方を設計できる 院長報酬と法人留保を分け、給与所得控除や適正な退職金を検討する。[3][5]手取りが増えるとは限らない 税・保険・維持費も比較。月例報酬の改定には税務要件がある。[4]
分院・承継法人を開設者にして体制を組む 各医院の管理者や後継者を含めて考える。[14]人材と手続は別に必要 管理者の確保、許認可、定款変更等を確認する。[14]
組織・事務役割と責任を決められる 社員・理事・監事等を置き、法人として意思決定する。[14]毎年の管理業務が増える 決議・議事録・報告・届出。外注しても確認と判断は残る。[14][26]
資金の使い方・将来医院の資金を個人と分けて管理 設備更新や採用に向け、法人に残す設計ができる。個人へ自由に分配できない 配当は禁止。持分なしの残余財産や、共済の資格も確認する。[6][14][28][29]

役員報酬の設計

院長の取り分を報酬として定め、給与所得控除を使える構造になります [3]。ただし報酬額によって、院長側の税や社会保険料も変わるため、法人と院長の合計で見なければなりません。

給与の支給額と手取り額を混ぜないことも大切です。まず院長に必要な手取りを決め、そのための報酬額と税・保険料を税理士等と試算する順に進めます。生活費に必要な金額をそのまま役員報酬にすると、控除後に足りなくなることがあります。

家族への給与は法人だけの話ではない

個人にも、届出や従事の実態などの要件を満たす青色事業専従者給与の制度があります。どちらの形でも、実際の仕事と妥当な額が前提です。法人固有のメリットとして数えないようにします。[13]

利益の留保

法人の利益は、設備、採用、職員の待遇といった医療法人の業務の充実に使う筋道がはっきりしています [6]。個人事業でも貯めることはできますが、院長の所得として課税された後の資金になる点が違います。ただし利益を残せることは、院長が自由に使えることとは別です。

分院を考えている場合は、利益額と別に検討する

分院の計画があれば、利益額とは別に開設・管理の体制から検討します。個人の歯科医師が開設する診療所は原則として自ら管理し、他の者に管理させる場合は所管行政の許可が必要です。管理者が複数の診療所を兼ねる場合にも法定条件と許可が関わります。個人の複数開設が例外なく禁止されているわけではありません。[14]

複数の常設医院にそれぞれ管理者を置き、組織として展開する計画なら、医療法人化は有力な選択肢です。この場合は課税所得1,800万円に届かなくても、法人化を検討する理由があります。 ただし、管理者の確保、定款変更、開設の許認可や保険指定などは別途必要で、事前に所管保健所等へ確認します。[14]

法人が開設者となることで、役員・管理者等を適切に変更しながら、同じ法人で診療所を継続する形を検討できます。個人事業にも承継の手段はあり、法人化すれば後継者が自動で見つかるわけではありません。

社団医療法人の「社員」は従業員という意味ではなく、社員総会で議決権を持つ構成員です。理事・監事とは役割が異なり、出資額で議決権が増える仕組みでもありません。人選と意思決定の設計も先に考えます。[14]

10

退職金が節税につながる仕組み

退職金が節税につながり得るのは、法人側の損金算入と、院長側の退職所得の計算という二つの仕組みがあるためです。利益を月例報酬だけで受け取るほかに、実際の引退時に適正な退職金を受け取る選択を、長期計画に入れられます。

法人と院長個人で、見るところは別です(退職金の税務上の見方)
見る側税務上の仕組み
法人適正な額なら損金に算入できる。退職の実態、額、決議、算入時期を確認。現金は法人から支払う。[4][5]
院長個人原則は(額面退職金−退職所得控除)×1/2を他の所得と分けて課税。役員等勤続5年以下に対応する退職金などには例外がある。[31]

法人側:適正な退職金を損金にする

適正な役員退職金は損金に算入でき、法人の課税所得が減り得ます。原則として、必要な総会決議等により金額が具体的に確定した期に算入します。実際に支払った期に損金経理した場合は、その期に算入することも認められます。積立や内定額の未払計上だけで、先に損金になるわけではありません。[5]

退職の実態、金額の妥当性、必要な決議、算入する時期を確認します。不相当に高額な部分は損金になりません。退職金と同じ額の税が戻るわけではなく、支給期の利益の状況によって税の減り方も変わります。法人からは退職金の現金が出ていくため、納税額だけでなく支払える資金も必要です。[4][5]

院長側:控除後の金額を原則2分の1にして、分離課税

院長の退職所得は、原則として(額面退職金−退職所得控除)×1/2で計算し、給与などの他の所得と分けて課税します。税率が半分になるのではなく、税の計算対象となる所得が小さくなる仕組みです。[31]

退職所得控除は、勤続20年以下なら40万円×勤続年数(最低80万円)。20年超なら800万円+70万円×20年を超える年数です。役員等勤続年数が5年以下に対応する「特定役員退職手当等」には、1/2計算はありません。控除まで一律になくなるわけではありません。[31]

役員勤続20年・退職金3,000万円で見る架空例

医療法人で役員として20年勤続して退任し、適正額として一時金3,000万円を受け取ると仮定します。他の退職金等による控除調整がなく、1/2計算を適用できる場合の説明例です。3,000万円が適正額として認められることを示す例や、推奨額ではありません。

架空の計算例退職金が課税対象になるまでの流れ
医療法人の役員勤続20年他の退職給付による控除調整なし1/2適用あり
  1. 額面の退職金

    3,000万円

  2. 退職所得控除

    800万円

    40万円×20年
  3. 控除後の金額

    2,200万円

  4. 課税退職所得(1/2後)

    1,100万円

(3,000万円 − 800万円)×1/2=1,100万円

1,100万円は税額でも手取りでもありません。3,000万円が適正額と認められることを示す推奨ではありません。

共済・iDeCoの受取や、退任の時期まで合わせて考える

ほかの退職一時金、小規模企業共済やiDeCoの一時金などと勤続期間等が重なると、受取時期や順序によって退職所得控除が調整される場合があります。制度ごとに控除を毎回満額使えると決めつけず、受け取り方を一緒に確認します。[31][32]

形式だけの退任や、直前に法人化して巨額の退職金を設定する方法を前提にしません。実際の引退、役員在任年数、妥当な支給額、法人の資金、他制度の受取をそろえ、税理士と長期で比較します。個人事業にも共済等の老後資金を準備する手段があり、法人化だけの利点として数えないようにします。

11

動かしにくくなるもの——持分なしと「出口」

新しく設立する医療法人は持分のない形で、医院の価値の増加分を出資者が受け取る仕組みではありません。老後・承継・閉院まで見通し、設立時から資金の受け取り方を考えます。

新設法人は「持分なし」

2007年4月1日以降に新設する医療法人は、持分のない形です。出資の割合に応じて、退社時の払戻しや解散時の残余財産の分配を請求できる仕組みではありません。[7]

なお、以前から存在する持分あり法人には別の論点があります。本稿は新しく設立する場合を扱うので、その話とは混ぜずに読んでください。

配当の禁止と、基金・残余財産

持分がないことは、利益を出してはいけない、報酬を受け取れないという意味ではありません。禁止されているのは剰余金の配当です。適正な報酬や退職金と、利益の分配を区別して考えます。[6]

基金拠出型には、定款、社員総会の決議、純資産額による限度などの条件を満たして基金を返還する仕組みもあります。ただし、医院が成長して増えた価値を出資割合で受け取る仕組みではありません。[15]

解散時の残余財産は、国・自治体・所定の医療法人等への帰属に限られ、院長個人へ分配できません [14]。個人が受け取るのは報酬と退職金だけだと決めつける必要はなく、適正な賃料や債務の弁済など、実態のある取引に基づく支払いはあり得ますが、どの支払いが認められるかは専門家と個別に確認します。

12

維持費と手続は、担当も時期も違う

法人化の費用は、設立時だけでなく、毎年の維持費と、各所への手続の積み重ねで見ます。担当する窓口と時期が手続ごとに違うため、一覧にして順番を決めます。

社会保険は「差額」で見る

法人事業所は原則として健康保険・厚生年金の強制適用ですが、医療を営む個人事業所も常時5人以上の従業員を使用する場合は原則適用です。個々の職員が加入対象かは勤務条件等で決まり、個人事業主本人と法人役員の扱いも異なります。すでに加入済みの職員分を、法人化で新たに増える費用として数えると比較を誤ります。[8]

歯科医師国保などの加入者には、要件を満たし、健康保険の適用除外の承認を受けて継続できる場合もあります。厚生年金の適用は別です。所属する組合と年金事務所へ事前に確認し、院長分・職員分・法人の事業主負担を分けて見積もります。神奈川県の組合の案内はその一例で、全国一律に同じ取扱いとは限りません。[9]

もう一つ、運営の人件費の試算に法人負担の社会保険料をすでに載せているなら、別欄で再び加算しないようにします。

手続は担当と時期が分かれる

設立には認可の申請、登記、開設の手続などが要り、受付の時期は都道府県ごとに違います [10]。院長個人の資産、債務、賃貸借、保険医療機関の指定は、自動では法人に移りません。個人の借入が法人に引き継がれるとは考えず、金融機関や専門家、行政と確認します。

設立認可、法人の登記、診療所の開設、保険医療機関の指定では、担当窓口も効力が生じる日も違います。個人から法人へ切り替える予定日を決め、診療・請求・入金・支払いに空白ができない日程かを、所管行政や金融機関、専門家と前もって確認します。

手続ごとの相談先と時期の見方(例。個別の案件は専門家等と確認)
手続・契約主な相談先の例時期の見方
設立認可所管の都道府県、専門家受付時期が自治体ごとに違う [10]
設立・変更登記司法書士等設立登記は認可後。登記事項が変わる際にも手続を確認
診療所の開設・保険指定保健所、地方厚生局等窓口と手続は別。診療・保険請求の切替日をそろえる
借入・リース・賃貸借金融機関、契約先名義変更の可否と時期を先に確認
雇用・社会保険年金事務所、社労士等職員への説明と加入手続を事前に

毎年かかる費用

設立後も年次の事業報告などの義務が続きます [11]。維持費は、税理士への決算・申告の顧問料の増加、事業報告や理事長などの登記事項変更に伴う事務、法人住民税の均等割などに分けて確認します。一般の医療法人では、赤字でも均等割が生じる点に注意が必要です。[16]

一般の医療法人における保険診療の事業税の扱いなどは、専門家の確認が必要です。法人の実効税率を一律に決めて試算しないでください。医院の所在地と体制に合わせて、毎年の差額を見積もります。

13

法人化を深めて考える場合、個人継続も比べたい場合

法人化の利点が働きやすい医院もあれば、個人のまま資金を確保し、診療を続けるほうが合う医院もあります。売上の大小だけでなく、これから医院をどう続けたいかを表に重ねてみてください。

当てはまり方で見る

表は機械的な判定には使いません。たとえば分院の予定があっても、採用と資金が伴わなければ計画は動きません。引退が近くても、承継する相手や資産の状況によって検討内容は変わります。近い列を選ぶより、判断を変えそうな条件を見つけるための比較です。

検討の材料(判定表ではなく、比べる目安)
見る点検討を進めやすい材料個人継続も比較に残したい材料
利益と留保報酬を払った後も、設備や採用のために医院へ残したい額がある利益の大半を生活費として受け取る。残したい額が小さい
将来の予定分院、承継、長期の設備計画がある数年内の引退や閉院の可能性が高い
資金繰り返済と生活費を払っても余裕がある返済が重く、報酬を調整する余裕が小さい
体制社員・理事・管理者を置き、手続や年次の事務を担える事務や役割を担う体制を整えにくい
動機暮らしと医院の計画が、数字で両立している理由が節税額だけになっている

税額が下がっても、暮らしが回るとは限らない

法人に資金を残す計画と、院長の生活費はつながっています。医院への再投資を増やすために報酬を低くしても、住宅費や教育費を払えなければ続きません。あとで生活費が足りなくなったからと報酬をそのつど増やすと、税務上の損金要件も問題になります。[4]

反対に、医院の利益をほぼ報酬として受け取る計画なら、法人に低い税率で資金を残すという説明は、そのままでは当てはまりません。報酬を払った後の法人利益と、院長の税・保険を引いた後の手取りを、一組で比べます。

設備更新を控えていても、「更新資金を法人に残したい」と「借入元金を返しながら院長の暮らしも維持したい」は、同時に満たせるとは限りません。更新の年だけの税額ではなく、支払いと返済が重なる月に資金が足りるかを見ます。

14

比較試算を頼むときの準備と、結果の見方

図3判断の順番
  1. 今の実態売上ではなく、経費・利益・元金返済・手元の現金を並べる。
  2. 3年程度の予定再投資、院長の生活、採用、承継の予定を金額で置く。
  3. 同じ前提で試算個人と法人を同じ予定で比べる。税理士と進める。
  4. 設立・移行の工程認可、登記、契約と保険の切替を、所管行政等で確かめる。

試算を依頼する前に、院長の側で資料と前提をそろえると、比較が具体的になります。結果は、単年度の税額差ではなく、報酬・留保・投資・引退時まで同じ前提で見ます。

そろえたい資料

順番を間違えると、試算が細かくなっても結論はぶれます(図3)。依頼の前に、次の資料をまとめておくと、税理士等とのやり取りが進みます。

比較試算の前にそろえる資料
そろえるもの中身
直近2〜3期の損益決算書で、経費の内訳と利益の推移を確認
直近の月次入金時期や資金の増減の動きを見る
借入返済表元金返済の年額、利息、残高、期限
設備の状況更新予定の時期と金額、リースの有無
生活費税・保険料を引いた後の手取りで、毎年いくら必要か
保険の加入状況院長と職員の医療保険・年金の加入先
賃貸借・リース契約名義、期間、更新条件
将来の計画3〜5年の採用・設備、引退や承継の時期、後継者の有無

結果の見方

試算が出たら、単年度の税額差だけで判断しないでください。報酬の額、法人に残す額、設備などの投資、引退時の退職金や承継までを、同じ前提でそろえて見ます。

もう一つ、資金と税を分けて読むことです。税額が小さい案でも、返済や設備の支払いで資金が足りなければ成り立ちません。逆に、資金に余裕があっても、保険や維持費の差を見落とすと比較が崩れます。

結果に大きな差があれば、「報酬額」「社会保険料」「医院に残す額」「投資と返済」のどの前提が差を作っているかを確認します。前提を一つ変えても結論が変わらないのか、税理士と確かめると、採用や設備更新が予定とずれた際にも判断しやすくなります。

法人化を考えるとき、最初の質問は「いくら節税できるか」になりがちです。それに加えて、「院長の生活費を確保した後に、医院の次の投資をどちらの形で続けやすいか」も尋ねてみてください。

メディリンクスは、医院の数字と今後の運営計画、院長の判断を整理するブレーンとして、専門家との比較に必要な前提を院長とそろえます。税務・法務・許認可の専門判断は、税理士や所管行政などと確認します。

本稿は一般的な解説で、個別の医院の判断を示すものではありません。一般説明の確認日は2026年11月8日です。

出典と確認した範囲

  1. 国税庁 タックスアンサー No.2260 所得税の税率所得税は累進課税であること。住民税や保険は別に動く
  2. 国税庁 タックスアンサー No.5759 法人税の税率普通法人の適用条件別の税率。資本金区分は売上とは別
  3. 国税庁 タックスアンサー No.1410 給与所得控除給与所得控除の仕組み。今回の年1,800万円以上の報酬では控除上限195万円を適用。
  4. 国税庁 タックスアンサー No.5211 役員給与の損金算入定期同額給与等の要件と、不相当に高額な部分の扱い
  5. 国税庁 タックスアンサー No.5208 役員退職給与の損金算入適正な退職給与の損金算入。支給の実態が要件
  6. 大阪府 医療法人の剰余金配当禁止等について剰余金配当の禁止、役員報酬の決議、残余利益の使い道
  7. 厚生労働省 医療法人の持分に関する資料2007年4月1日以降の新設は持分なし。移行制度の数字は参照しない
  8. 日本年金機構 適用事業所と被保険者法人は原則強制適用。個人事業所の適用条件
  9. 神奈川県歯科医師国民健康保険組合 法人化等の場合適用除外承認による国保継続の例。規程は組合ごとに確認
  10. 福岡県 医療法人の設立について設立認可・登記・開設手続。受付時期は都道府県ごと
  11. 福岡県 医療法人の手続年次の事業報告など設立後の義務
  12. 厚生労働省 医療経済実態調査(医療機関等調査)個人診療所の給与費に開設者報酬を含めない統計上の注意
  13. 国税庁 No.2075 青色事業専従者給与と事業専従者控除個人でも家族給与の経費算入制度がある。届出・従事等の要件
  14. 厚生労働省 医療法(医療法人の機関・業務等)開設・機関・社員の議決権、役員、定款変更等の規定
  15. 厚生労働省 医療法人の基金について持分なし法人の基金と返還の条件。剰余金配当とは別
  16. 東京都主税局 法人事業税・法人都民税 Q&A赤字の場合の法人税割と均等割の違い。所在地の税務窓口で確認
  17. 国税庁 No.1350 事業所得の課税のしくみ事業所得の計算、総収入金額と必要経費の意味
  18. 国税庁|No.1199 基礎控除令和8年分改正後控除額と合計所得による適用差。12月1日施行。
  19. 国税庁|No.2072 青色申告特別控除65万円控除の要件。本例は正規簿記・期限内e-Tax等を満たす仮定。
  20. 福岡県歯科医師国民健康保険組合|令和8年度保険料開設管理者本人の月額。35歳・家族加入なしとして計算。
  21. 日本年金機構|厚生年金保険料額表・令和8年度版標準報酬月額上限65万円、本人負担月59,475円。法人負担は個人手取りの外。
  22. 日本年金機構|国民年金保険料令和8年度月17,920円。前納・付加年金なしで12か月換算。
  23. 福岡市|個人市民税の所得割・税額控除市8%・県2%、調整控除、合計所得2,500万円超の適用除外。
  24. 福岡県|個人県民税住民税の基礎控除、均等割、森林環境税。福岡市の均等割は市の案内でも照合。
  25. 国税庁|役員給与に関するQ&A・問3、問4平成24年4月改訂の設例。改定の現行要件は令和8年4月1日法令のNo.5211と照合。損金不算入額は支給履歴で変わる。
  26. 厚生労働省|医療法人の事業報告書等・経営情報等の報告毎会計年度終了後の事業報告書等・経営情報等の報告義務。
  27. 国税庁|No.1135 小規模企業共済等掛金控除掛金の全額所得控除。必要経費と区別して比較する。
  28. 中小機構|小規模企業共済の加入資格個人の従業員数等の要件と、医療法人役員等の対象外区分。
  29. 中小機構|経営セーフティ共済の加入資格個人の加入条件と、医療法人の加入対象外。
  30. 中小機構|経営セーフティ共済の掛金と解約手当金必要経費・損金、解約時の課税、令和6年10月以降の解約・再加入に伴う2年間の算入制限。
  31. 国税庁|No.1420 退職金を受け取ったとき退職所得控除・原則1/2計算・分離課税・特定役員退職手当等の例外。
  32. 国税庁|No.2732 退職手当等に対する源泉徴収勤続期間と、他の退職給付・確定拠出年金等の重複による控除調整。
  33. 国税庁|No.1100 所得控除のあらまし事業所得等と、所得控除後の課税所得を区別。
  34. 国税庁|No.1130 社会保険料控除本人負担の国保・年金等と所得控除。
  35. 財務省|法人課税に関する基本的な資料会計利益と税務調整後の所得。
  36. 国税庁|No.2210 必要経費の知識必要経費と所得税・住民税等の区別。
  37. 福岡市|個人市県民税について個人住民税は原則前年所得をもとに課税。
  38. 東京都主税局|法人事業税に係る自主決定医療法人の社会保険診療分の所得の取扱い。
  39. 厚生労働省|国民健康保険の保険料・保険税について国保は自治体により保険料・保険税として徴収。
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