01
開業後の経営から逆算して考える
開業準備というと、物件を探し、内装と設備を決め、スタッフを集めるという流れを思い浮かべる方が多いと思います。もちろん、いずれも欠かせません。ただ、これらを決めていく途中で、決めたことが他の項目を制約していくことに気づく場面が多くあります。たとえば物件を決めると、置けるユニット数と動線が決まります。ユニット数が決まると、必要な人員の目安と、設備費用が決まります。費用が決まると、必要な資金と、損益の見通しが変わります。
順序を誤ると、後から変更しにくいものが先に固まってしまいます。そこで、開業準備は、開業後にどんな医院として続けていきたいか、というあるべき姿から考え始めることをお勧めします。あるべき姿は、物件や設備を選ぶための基準になります。基準がないまま比較すると、広さや家賃といった数字だけで判断してしまい、後から診療の内容と合わないことに気づく場合があります。
以下では、決める項目を並べるのではなく、それらがどう互いに影響しあい、どこで未確定の部分が残るのかを見ていきます。
02
医院のコンセプトと、地域と患者層
最初に整理したいのは、院長がどんな医院にしたいかです。どの年代の患者さんを中心に診たいのか、どんな診療に力を入れたいのか、院長自身が一週間をどう使いたいのか。これらは、事業計画の数字ではなく、日々の診療のなかで院長が納得して続けられるかどうかに関わります。
次に、その考えが、開業を検討している地域で成り立つかを見ます。地域の人口や年齢構成、通勤や通学の動き、すでにある歯科医院の数や特徴、交通手段などが材料になります。全国の統計だけでなく、その地域の実際の様子を見に行くことが大切です。昼と夕方、平日と休日で、人の流れが違うことも多いです。
院長が診たい患者さんと、地域に多い患者さんが重なっていれば、方針を活かしやすくなります。重ならない場合は、方針を修正するか、診る患者さんの範囲を広げるか、別の地域を検討するかを選ぶことになります。ここで重なりが小さいまま進むと、開業後に想定した患者さんが来院せず、方針の修正に時間と費用がかかることになります。
03
診療の組み合わせと、運営体制
医院でどんな診療を提供するかは、設備と人員を決める基準になります。一般的な保険診療を中心にするのか、小児や矯正、インプラント、訪問診療などをどの程度含めるのか。診療の組み合わせによって、必要な設備、スタッフの職種、診療時間の長さが変わります。
自費診療を増やすことが、必ず収支を良くするとは限りません。診療によっては、検査や説明に必要な時間、材料費・技工料、担当できる人の条件が変わります。患者さんの希望や地域の状況に合っていなければ、予約が埋まらないこともあります。自費化はあくまで一つの選択肢であり、院長の診療方針と地域に合うかどうかで判断するものです。診療の内容そのものを決めるのは歯科医師ですので、ここでは、その方針が実際に運営できる体制かどうかを見ることが私たちの役割です。
運営体制は、診療の組み合わせから逆算して考えます。どの診療を、誰が、何曜日の何時間行うのか。受付や滅菌、器具の管理を誰が担当するのか。ここまで考えると、必要な人員の幅が見えてきます。ただし、この段階の人員は幅のある想定として持っておき、物件、資金、採用の進み具合に応じて更新します。
04
資金と損益:開業前後の資金の動きを見る
開業の資金計画では、設備や内装の費用に目が向きますが、開業後に必要な運転資金も同じくらい重要です。保険診療の収入のうち、保険請求分は診療した月より後に入金されます。開業直後は患者さんが少なく、入金も遅れるため、収入がほとんどない期間に、家賃や人件費、材料費の支払いが先に発生します。
物件の契約をすると、診療を始める前から家賃が発生する場合があります。内装工事の期間が延びれば、診療していない期間の家賃と人件費がその分増えます。採用が想定より遅れて、予約を絞って始めることになれば、収入は想定を下回ります。こうした場合に、運転資金が何か月分あれば耐えられるかを、あらかじめ試算しておくことが大切です。
融資や補助金は、使えるかどうかが決まる前に、使える前提で計画を立てないことが基本です。結果が分かるまでの間は、使えた場合と使えなかった場合の二つの計画を並べて持っておきます。そうしておけば、結果が出た後に、設備の範囲や開業時期を調整しやすくなります。融資や税務の細かな条件は、金融機関や税理士に確認しながら進めます。
05
物件と設備の制約
物件は、診療の方針を実現できるかどうかを左右します。ユニット数だけでなく、給排水の位置、吸引設備を設置できるか、滅菌室の場所と診療室との動線、レントゲン室を設けられるか、将来ユニットを増設する余地があるか、といった条件を確認する必要があります。これらは、入居してから変更しようとすると、大きな費用がかかるか、そもそも変更できないことがあります。
内装や設備の見積もりは、依頼先によって含まれる範囲が異なります。ある見積もりに含まれている工事が、別の見積もりでは別途費用になっていることがあります。金額だけで比較せず、どこまでが含まれ、どこからが別費用なのかをそろえて並べてから比較します。
物件の条件は、人員や予約の計画にも影響します。滅菌の動線が長ければ、その分スタッフの動きが増え、必要な人数が変わります。物件の候補ごとに必要な人数や業務の動きを想定し、採用や資金の見込みと照らし合わせます。一つの条件が決まったら、他の計画も更新します。設備の工事や配管など専門的な判断は、設計や施工の専門家に確認しながら進めます。
06
採用・育成と、必要な手続、告知
採用の準備は、物件や工事の検討と並行して進めます。必要な職種や経験、勤務条件を想定し、候補地で応募が見込めるかも調べておきます。採用が決まったあとは、開業までの期間で、診療の流れ、器具の扱い、患者さんへの案内を共通にする教育の時間が必要です。教育の時間を確保できる日程になっているかを、工事の完了時期と合わせて確認します。
手続きについては、診療所を開設するための届出と、保険診療を行う医療機関としての指定は、目的も届け先も異なる別の手続きです。それぞれに必要な書類や時期の目安があり、順序によっては開業の時期に影響します。期日や要件は、管轄の窓口や、行政書士などの専門家に確認しながら進めてください。
告知の準備も並行して進めますが、具体的な診療開始日を公表する前に、工事・採用・必要な手続きの日程を照合します。看板、ウェブサイト、チラシなどの方法は複数ありますが、どれを使うかは、地域の患者層と、医院が伝えたい診療の内容から決めます。日程が変わる可能性がある段階では、掲載する時期や表現、変更時の案内方法まで決めておきます。
07
未確定の条件を、どう扱うか
開業の準備では、すべての条件が確定してから次に進むことはできません。物件の契約が決まる前に、融資の結果を待ちながら、採用の準備を進める場面もあります。そのため、未確定の条件をどう扱うかが重要になります。
基本的な考え方は、戻れない契約の前に、その契約が他の項目に与える影響を確認することです。たとえば物件の賃貸借契約や、大きな設備の発注は、一度結ぶと取り消しにくいものです。契約の前に、その物件で診療の方針が実現できるか、資金が足りるか、人員の確保が見込めるかを確認します。この確認がないまま契約すると、後から条件の食い違いが分かっても、修正する費用が大きくなります。
次の表は、主な論点について、先に決まっている必要がある条件と、未確定のときの扱いを整理したものです。初診の予約枠の数なども、あくまで一例であり、物件や人員の条件が定まってから見直すものとして扱います。
| 論点 | 先に固まっている必要があること | 未確定のときの扱い |
|---|---|---|
| 物件 | 医院のコンセプト、診療の組み合わせ、地域と患者層 | 候補を複数持ち、診療の方針が実現できるかを比較する |
| 設備とユニット数 | 物件の構造と、診療の組み合わせ | 増設の余地を残し、初期の台数は資金に合わせて幅で持つ |
| 人員 | 診療の組み合わせと、物件の動線 | 必要な人数を幅で想定し、物件・資金・採用の見込みに応じて更新する |
| 運転資金 | 家賃発生時期、採用時期、入金の遅れの想定 | 遅れた場合と順調な場合の二つの計画を持つ |
| 融資や補助金 | 結果が出る時期と条件 | 使える場合と使えない場合の計画を並べて持つ |
| 初診の予約枠 | 人員、診療時間、物件の条件 | 目安として扱い、開業直前に見直す |
08
開業後に、準備の内容を検証する
開業はゴールではなく、準備で置いた前提を実際の数字で確かめる出発点です。患者さんの来院の経路、年代、診療の内容、予約の埋まり方、スタッフの負担、資金の動きを、開業前の想定と比べます。想定との差を見ることで、どの前提が実際と違ったのかが分かります。
差があること自体は、問題ではありません。開業前にすべてを見通すことはできないからです。重要なのは、どの前提が違ったのかを把握し、次に何を修正するかを決められる状態にしておくことです。たとえば、想定した年代の患者さんが少なかったなら、告知の方法を見直すのか、診療の内容を調整するのか、そのまま続けて様子を見るのかを選ぶことになります。
検証の時期は、開業から数か月ごとに区切るなど、あらかじめ決めておくと、日々の診療に追われて見直しが後回しになることを防げます。検証の結果が、あるべき姿との違いとして整理できれば、そこから優先して取り組む課題が決まります。開業準備と開業後の経営は、別のものではなく、同じ考え方の延長にあります。
開業準備の判断は、一つひとつが他の判断と結びついています。医院のあるべき姿から、決めてよいことと、まだ決めないことを整理しながら、院長が納得して進められる順序を一緒に考えます。
経営サポート「シカパト」を見る次に読む


